徒然に 314
「なんだか変?・・なんだけど、最後まで見たらなんだか気持ちよくて。良かったよ」と受付さんたちの会話です。
「天国にちがいない」は多くのみなさんが面白かった!!と大絶賛する作品とはちょっと違うのですが、心にストンとおさまる人にはこの上なく心地よくて、
「こんな映画、好き」の気分が独り歩きしそうです。
くすっと笑って、じんわり心があたたまる、そんな映画です。
チャップリンやバスター・キートンのような、サイレント映画の主人公が現代にやってきたような、そんな佇まいの初老の男。
バルコニーでお茶を飲んでいると、庭のレモンの木から
ガサッゴゾッと音がする。
葉陰から顔を出した男は
レモンを勝手にもぎ取っている。そして、
「隣人よ、泥棒と思うな。ドアをノックしたが誰も出てこなかった」と言って
堂々とした様子でレモンを袋に詰めて帰っていった。
そんな様子をじっと見つめてる。
その後何事もなかったように散歩に出かけた。
毎日水やりをしていた植木の鉢を抱えて、庭に植え替える。
荷物をまとめて出かける様子。どうもしばらく家を空けるらしい。
飛行機で行った先はパリ。
美しい女性たちに目をパチパチさせながら、
ふと気づくと何台もの戦車が走ってゆく。
どうも彼は映画監督で、映画会社に映画の売り込みに来たらしい。
担当の人は「パレスチナ色が弱い」といってそれまで。
あっという間に仕事は終わってしまった。
それじゃあ、ニューヨークへ行こう。
公園の池のほとりには天使の羽をつけた少女をみかけるのだが、
ふと消えて羽根だけが残っていた。
まちゆく人たちはみんな銃をかかえて、なんとも表情がない。
ここでも映画は売れなかった。
まるでショートコントのよう。
いつも監督はとぼけたような表情で光景を眺めてる。
あるとき、タロット占い師が「なるほど、これは面白そうだ」と言って
「“この先、パレスチナはあるのか?”―。パレスチナはある。必ずやある。
ただし、我々が生きているうちではない」ー
さぁ、我が家へ帰ろう。自分の居場所に。
どこにいても変わりはしない、世界はパレスチナと同じだった。
家に帰ると庭のレモンの木は元気そうに迎えてくれた。
庭に植え替えた小さな樹も、例のレモン泥棒さんが
水やりをして世話をしてくれていた。
「やぁ おかえり」と。
●付録
この映画の主人公は監督自らが自身を演じているエリア・スレイマン。
彼はイスラエル国籍のパレスチナ人です。
中東、パレスチナは現在のイスラエルとパレスチナ自治区、一部地域を除くヨルダン、そしてレバノンとシリアの一部がパレスチナだった。
しかし1948年、第2次世界対戦後、ユダヤ人によるイスラエル建国宣言によって、先住のアラブ人は「国外」に逃げて難民になるか、その地にとどまるかに選択に迫られた。
そして後者を選んだものは、自動的に「イスラエル人」にさせられてしまった。
この複雑な境遇で生まれ育ち、イエスの故郷ナザレ出身なのが
この映画の監督エリア・スレイマンなのです。
素敵なシーンがあります。
このときだけ主人公の監督の表情が少しだけ緩んだように見えました。
ホテルの部屋に飛び込んできた小鳥。水をやると小鳥はなついてしまったようではなれない。
そこで窓の外に指を差し出すと、小鳥は再び空に飛んでいった。
大空を自由に羽ばたく小鳥・・
★「天国にちがいない」只今上映中です。