徒然に 311
映画に育てられて -3
そんな日本一小さな映画館は階段をもう一段上って、98年4月、
現在の63席と100席、
2スクリーンの第2期シアターキノが誕生しました。...
この時は大変大きなお金がかかることでもありましたので、
「私たちの映画の夢を買ってください」と再び株主を募集して、全国各地から410人の皆さんが市民株主となって応援してくれました。
お会いしたことのない方たちが3分の2以上もいらっしゃって、この時の気持ちは感謝という言葉では表せないほどです。責任も重大と思いました。
お引越し前の最後の上映はロングラン上映中だったウォン・カーウァイ「ブエノスアイレス」でした。香港返還、大きな歴史的事件のときでした。
観たい映画を観たい。そんなシンプルな思いから始まったキノ。
振り返ってみると、「ピロスマニ」の映画で初めてこの画家のことを知り大好きになり、
画集をやっと入手したときの感動、今も我が家の宝物です。
マルガレーテ・フォントロッタ監督の「鉛の時代」「ローザ・ルクセンブルク」から「ハンナ・ア―レント」へ、
「灰とダイヤモンド」に始まり「カティンの森」「残像」へと連なるアンジェイ・ワイダ監督の作品の数々。
ケン・ローチの「自由と大地」では、映画の興奮冷めやらぬ連れ合いは友人たちと酒を酌み交わしインターナショナルを大声で歌う。
小さな体でずっと口を一文字にしてこらえていた少女が歩き出した未来への一歩に、どうか幸せになってと祈るような思いでみつめた「冬の小鳥」、そしてタルコフスキー・・・
多くの映画たちに育てられた私たちですが振り返ってみると、岩波映画に育てられたといっても過言ではありません。
「映画は観客に届けて初めて映画として完成する。映画館はその橋渡しをする重要な「場」。
だから映画館は映画の最終監督なのです。しっかり頑張りなさい」とお話しくださったのは大林宣彦監督でした。
それぞれに役割があり、責任を持つ、その大切さをー
この言葉にこたえていけるようにと今も大事に思っています。
映画館は人に支えられ、人が集い、ともに映画と向き合う特別な場。改めて今、痛感しています。
ヨーロッパやアジアなどの世界中の優れた作品との出会いや、まだ価値の定まっていない若い作家たちの作品との出会い、それは多様性と可能性、その両輪でキノは歩いてきました。
映画から人々の暮らしや文化に触れ、今いる世界と向き合う、
映画から人生を学ぶことはとても大きく、
よく私たちは、映画作りの人たちは狩猟民族、
そして映画館は農耕民族だといっています。
コツコツと毎日水をやりながら植物を育ててゆくような。
いま、私たちは普段ではない日常をおくっていますが、心が固くなって筋肉痛になっているかもしれませんね。そんな時はゆっくり緩めて深呼吸、心も体も風通しが良くなるような、映画たちが出番を待っています。
あるとき、お客様が「タルコフスキーの「ノスタルジア」がここにあるのはどうしてですか?」と、専用階段の大きな壁画をさしておっしゃいました。
「この映画館を作った時の、私たちの唯一の贅沢なのです。
大好きな監督の作品で壁一面大きな壁画にしたいとー」と答えると、その方は
「実は今おつきあいしている方との出会いが「ノスタルジア」だったのです。早速彼に教えてあげなくちゃ。いつもどうしてかな?といっていたんです」「ではお互いに原点ですね」と嬉しい会話になりました。
私たち夫婦がスタッフとともに育ててきたキノは今年で28歳、タルコフスキーは今もキノの守りびとです。
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昨年の5月に書いたものですが、新しい年を迎えキノは今年29歳になります。
世界はさまざまな出来事に直面して、ひとは乗り越えるために様々な工夫をしています。
長い人生にはなくしてゆくもののほうが多いかもしれない、
それでも大事にしていきたいものだけはしっかり見つめていたい。
3月公開になる「ノマドランド」はそんな気持ちを深く抱かせてくれました。
やはり映画は人生の学校ですね、
今日はこれからタルコフスキーの「惑星ソラリス」の上映です。
そわそわと心が落ち着きません。