徒然に 305
「赤い風船」というとアルベール・ラモリス監督の「赤い風船」をまっさきに思い浮かべますが、私がこの映画を思いついたのは本当に偶然の出来事からでした、とお話されるのは『羊飼いと風船』のペマ・ツェテン監督です。
「北京で映画の勉強していた時に、ある場所を通りがかり、空に浮かんでいる赤い風船を偶然目にしたのです。その瞬間、この風景を映画にしたいという衝動が湧いてきました。そうしてすぐに脚本を書き始めたんです。」
90年代の中国は、政府による一人っ子政策が実施されていて...
チベットでもその影響は強く現れていました。
チベット独特の文化と信仰、女性を主人公にした家族の物語・・こうして少しずつストーリーを組み立てていき、
しかし、
書き上げた脚本は、当時の検閲の審査では通りませんでした。
このままにしておくのはもったいないと思い、それで小説として雑誌に発表。
2018年再び、小説の映画化という形であらためて脚本を書き直して、検閲を無事通過、
映画を完成させることができました。
映画は90年代のチベットが舞台。
緑広がる草原で羊を飼いながら、伝統的な生活を営む家族。
信心深いおじいさんはいつもお経を唱えている、
一家の大黒柱のたくましいお父さん、
息子たちの世話と家事、牧畜の世話など一手にこなしてる30代くらいのお母さん。
尼になったおかあさんの妹がやってくる。
素朴で温かい家族の営み、しかしそればかりではない。
近代化の波はいままでの家族のあり方や生き方、伝統、信仰、
さまざまな価値観がゆらぎ始める。
妹が、女医師が、持つ価値観、
お母さんは知らず識らずに感じていたわだかまりに、
ある出来事を通して、ひとりの「私」として直面することに・・・
大きな決断を迫られる。
「チベット人のための映画、だけど全人類に普遍的な映画を作りたい。それが私の願いです。
家族とともにありながらも『自分は何者か』とう疑問や孤立感はついて回ります。
心の内を描くということは、人種や性別、国境を超えてゆくものであり、
葛藤する母親の姿は私自身でもあるのです」
これまでのチベット映画は私たちの目からすると「これは本物のチベットではない」と感じるものが多く、いつかチベットの人たちがスクリーンを見て
『ああ、これは自分たちの物語だ』と思える作品を作りたかった、とペマ監督。
小説家・脚本家・監督として活躍、チベット映画の先駆者ペマ・ツェテン監督、
この作品が初めての日本一般公開作品となりました。
おじいさんが亡くなった時、お父さんは息子を連れて高僧のもとへ行き
「父がいつ転生するか教えて下さい」とたづねるシーンがある。
監督自身も幼い頃「叔父さんの生まれ変わりだ」とお祖父さんに言われていたそうです。それくらい輪廻転生とは普遍的な概念なのだと。
それだけにお母さんの苦しみにもつながっていって。
それぞれが見上げる青空をゆらりゆらり赤い風船が飛んでゆくラストシーンは、
たとえどんな選択をしたとしても、ひとりひとりに幸あれと願わずにいられません。
★「羊飼いと風船」ロビーでは原作本や監督のインタビューが紹介されているビッグイシュー、その内容はロビー展示でも紹介しています。