徒然に 296 ★★
ある日女の子が目にいっぱい涙をためて「『燃ゆる女の肖像』パンフレットください」と言ってしばらくしてから
「すごく良かったです」と言ってまた泣きそうになって。
お隣にいた男の子がウンウンとうなずいていて。...
若いお二人の姿にこちらまで感極まってしまそう。
繊細な美しさをスクリーンいっぱいに張り詰めて
島の女たちが歌い、焚き火の炎が魂を震わせる。
まるで1冊の小説を読み終えたときのような読後感。
「笑顔が描けません。一瞬で消えてしまうから。
怒りが勝ちます、あなたは特に。
あなた動揺すると 顔に触れます。
困惑したときは 唇をかむ。
苛立つと まばたきが減る」とマリアンヌ。
すると 立場は同じよ、とエロイーズ。
「あなたが私を観る時に私は?
困ると額に触れます。
怒りを感じると眉を上げる。
戸惑うと口で息を」
キャンバスを隔てて画家とモデルは見つめ、見つめ返し、
ともに観察者だった。
ギリシャ神話にでてくる竪琴の詩人オルフェは死んだ妻を返してほしくて冥府を訪ねてゆく物語。
妻を返すのは条件が一つ。
「冥府を出るまで振り返ってはならない」という約束。
深い静寂の中オルフェと妻は地上へと向かいます。
坂は暗く濃い霧が立ち込めている。もうそろそろというときに
オルフェが妻が心配になり思わずふりかってしまいます。
その瞬間 妻は冥府に引き戻されてしまいました。
このお話をエロイーズが読み聞かせ、聞いていた召使いの
ソフィーは
「ひどい、だめだと言われたのに振り返るなんて・・」
というと
「愛ゆえの衝動よ、」とエロイーズ。
「それだけじゃない、彼は我慢するよりも別のものを
選んだのかも。
妻の想い出。 だから振り返った夫ではなく、詩人として選択した・・」とマリアンヌ。
するとエロイーズは
「振り返って私を見て、と妻が誘ったのかも―」
女主人がいないわずかな時間、お城で身分の違う3人の女たちが過ごした夜。
このオルフェの物語が二人の別れとその後に大きな軌跡を残してゆくのです。
「振り返って。私を見て」といった。
エロイーズはこの瞬間、永遠を誓った。
だからラストシーン、二人の思い出の曲に涙しながらも
誓いは守られた。
長い時間をかけて心で反芻してゆく物語です。
時を超えて250年もの時間をさかのぼったはずなのに
そこには私たちと同じように愛し、葛藤しながら生きる女性たちの姿がありました。
ベッドに横たわる女の悲しみと苦痛、それを癒やすように
幼い女の子と赤ん坊が横たわり、
赤ん坊のちいさな手が女の顔や手に触れる。天使のように。
女性たちに対する監督の心に触れたように思いました。
脚本もセリーヌ・シアマ監督が手掛けています。
カンヌ国際映画祭脚本賞&クイア・パルムドール賞受賞。
★「燃ゆる女の肖像」1月15日まで延長が決まりました。
是非体験してください。