徒然に 279
少女が学校から帰ってきた。「お母さん、ただいま」と言ってもドアは開かない。ドンドンドン・・ドアを叩いても、「おかあさん」と呼んでもドアは開かない。途方に暮れる少女・・・
こんな夢、みたことありませんか? このあと
カメラが引いてこのドアが無数にならぶ、ここは大きな団地であることがわかる。
そうして少女はまたドアのところで「おかあさん、ただいま」と声をかける。...
するとドアが開き、なかからお母さんが少女を迎える。少女は家の中に入ってゆく。
こうして14歳の少女ウニの物語が始まります。
冒頭のこのシーンで、泣きそうに不安になった10代の頃のわたしが顔を出し、
少女とともに歩きはじめました。
「知っている人の中で、本心まで知っているのは何人?」と
漢文塾のヨンジ先生に問いかけられてからウニはずっと考えている。
両親は餅屋をやっていて朝から1日中忙しく、ウニには兄と姉がいる。一番下のウニは誰からもかまってもらえず、学校にも馴染めなくで、時々兄に殴られたり、友達に裏切られたり、
「どうして? 私、何もわるいことしてないのに」。
そんなウニの気持ちをヨンジ先生は静かに耳を傾け、自身のことのように
「理不尽なことが多いわよね・・」とつぶやく。
木漏れ日が美しい、そっと風がそよいでふたりをつつむ。
「自分を好きになるのは 時間が必要だわ。
誰かと出会い、何かを分かち合う。
世界は不思議で美しいわ」
ウニに語りかけ、自身に言い聞かせるように。
・・・
自分の話を通じて他者と疎通できることに一番の魅力を感じて大学で映画を専攻したけれど、長編デビューまでには思った以上の時間がかかったとキム・ボラ監督。
「人間の悲しさや虚しさ、そうした喜怒哀楽を赤裸々に表現することで、人生は美しいと言いたくなるような作品を作りたい、
またその様な作品を通じて誰かが自分の生を見つめたり、
いたわったりすることができたら。
それが映画作りの原点です。」
「シナリオを書いている時は、実はヨンジになりきって書いていました。
おとなになって感じたたくさんのことをヨンジのセリフを通して投影していたと思います。
「明心宝鑑」(中国・明の時代に編まれた蔵言集)から引用した文章や「人生はとても不思議で美しい」など。
若い頃は、「人生は美しい」という言葉を幼稚だと感じていました。
歳をとるにつれて、愛の尊さを知り、人生は不思議で美しいと感じるようになりました。
単純に「私の人生の幸せ」ということではなく、
良いことと悪いことが作り出す多彩な模様が結局は美しいものだと思うのです。
ヨンジの言葉を通して言いたかったことは2つあります。
10代の人たち、また10代を体験したことのある無数の”ウニ“に送るエール。
そして、おとなになった、かつてウニだった私へ送るエールです。」
「はちどり」、8月21日に韓国のキム・ボラ監督とのオンライトークで先行上映から始まり、9月12日~のロードショー、
夏から秋へ、いよいよ10月16日(金)最終日を迎えます。
ウニとの時間もあと3日、さみしくなります。
まっすぐに前を向いて
「先生、私の人生もいつか輝くでしょうか?」
心のなかで語りかけるウニに、わたしのなかのウニが、
おおきなエールを贈ります。