徒然に 254
患者さんとの会話はなんともゆったりしていて、声を聞き、「うんうん」とうなずきながら優しく話しかける。
そんなしずかで慈しみ深い時間が診察室のなかに流れている。
昔ながらの診療所の佇まい、82歳になった山本医師は引退を決めた。
長く通っている患者さんたちは戸惑いを隠せないでいる。...
今日最後の診察は、「山本芳子さん」と呼ばれて先生の向かいの椅子にすわる芳子さん。
1日が終わり山本先生と芳子さんは自宅に帰ってくる。
せっかくだから出前を注文して、カメラを回している想田監督も一緒にご飯を食べようと誘う老医師。
台所の洗い桶の中は食器が山のようになっている。
「洗わにぁいけんのう」と言いながらお吸い物の器を探している。
勝手を知らない台所は老医師にとって未知の世界。どこから手を付けたらいいのか・・雑然と置かれているモノたちが居心地悪そうだ。
老医師にとって診察室が聖域であるように、台所は妻の聖域だった。
いつも仕事一辺倒の夫を、文句も言わずに寂しさをこらえて妻は支えてきたのだろう。
芳子さんは台所のテーブルで、私もなにかしなくちゃと、
お茶の用意をはじめる。
茶托にお茶碗をのせて、そこになにかを添えようと試行錯誤。最後におたまを添えてみる。
老医師が「さぁ食べよう」というとぱっと表情を変えていそいそと居間へと向かう。
芳子さんの表情を見ているとまるで菩薩様のよう。
監督に「どうそ、食べてください」と言い
夫婦の写真を見せて「私たち 同級生なの」と嬉しそうにお話ししたり。
いつも手を擦りながら穏やかな愛おしそうな表情を見せている。
そんな姿を静かにながめながら、相槌を打つ夫。
精神医療は老医師の人生そのものだった。
その現場にピリオドをうち、あらたな道を、人生の最後を妻と歩こうと決めた。
ラストシーン、全てを静かに受け入れて、ふたりがゆっくりと歩いてゆく後ろ姿を追いかけながら、
自分たちの人生を重ねてみるような、父と母の姿が重なってゆくような
こんな深く穏やかな歩みをともにできたら・・・
「精神」から10年、「精神0」へ。
慈愛に満ちた愛の映画が誕生しました。
★「精神0」は7月10日まで延長が決まりました。