徒然に 249
せっせと土を掘りおこしぎこちない手つきで庭づくりを始める男。
20年も留守にしていた故郷の我が家に帰ってきた男は、17年前に亡くした
最愛の息子のための庭を作ろうと思い立つ―
「お母様にとっては、もう一度妻をやりなおすようなものよ」と娘たちにいわれ、
夫より8歳年上の妻は、どうにも心の整理がつかない。
妻とともに寝室に向かおうとする夫に
「あなたは家族にとっては客人。客人には最上のベットを」と突き放すのでした。
故郷に錦を飾ったはずなのに、家族からは冷たい仕打ちをされ、ロンドンでの執筆活動に費やした20年の不在は、家族には大きな溝となっていました。
男の名はシェイクスピア。
「ハムレット」「マクベス」「ロミオとジュリエット」などなど不朽の名作を生み出した文豪。400年以上経っても今なお燦然と輝きを放っている。
しかし作品はひろく知られていても、彼の生涯はベールに包まれていました。
そんなシェイクスピアにスポットを当てたのが、10代の頃から魅了され、シェイクスピア作品とともに人生を歩んできたと言っても過言ではないケネス・ブラナーです。
作家としてではなく一人の人間としてのシェイクスピアを描きたい、生涯の夢をこの作品に注ぎました。
1613年『ヘンリー八世』上演中に大火災が発生してグローブ座は焼き尽くされ、これを期にシェイクスピアは断筆し、故郷ストラットフォード・アポン・エイヴォンに帰ることを決意したのです。46歳でした。
この世のことはすべて知り尽くしているような文豪が、帰ってきて家族を前にした時、
実は何も知らなかった、そんな真実の数々にぶつかるのです。
そこで思い立ったのが息子を悼み、庭を作ることでした。
わだかまりをぶつけ合った家族はやがて共に庭づくりをするようになり、
読み書きができなかった妻はすべてを受け入れ、手習いを始めます。
四季の移り変わりの美しさ、ようやく家族になったような穏やかさにつつまれて、
3年後の1616年、シェイクスピアはこの世を去りました。
妻のアンはその9年後亡くなります。
ケネス・ブラナーが作品の数々を通して解釈した
シェイクスピアがふつうの人間として、家族とともに過ごすことができた
最良の晩年の物語です。
原題は「All is True」。真実はいろいろな角度から眺めてみるとまた違った真実が見えてきて、愛情をもって見つめるとより深い真実に近づいてゆくのかもしれません。
シェイクスピアがアンのために遺した「2番めに上等なベッド」―
ジュディ・デンチとケネス・ブラナーが紡ぐ、ようやく分かち合うことができた深い夫婦の物語。
★「シェイクスピアの庭」6月19日までの上映です。