徒然に 237
「今日は贅沢な時間を過ごすことができました。来てよかった。」とおっしゃって帰られたお客様。
嬉しい一言でしたが、あらためて当たり前の日常ではない
1日1日を今、みんな奮闘しながら暮らしているんだと思いました。
映画館は、日常から非日常の特別な時間を私たちに与えてくれます。そこでは泣いたり笑ったり、...
しみじみとした感情に浸ったり、思いもしなかったある日の出来事を鮮明に思い出されたり、
予期しない様々の感情に出会います。
悲しいこともあるけれど、それ以上に何気ないちいさな嬉しいことを見つけたり、
私たちには1日として同じ日はなくて、
いつも特別な1日を生きていることに気付きます。
そして時間が通り過ぎてゆく景色を愛おしく思います。
「文化とは壁に掛けた絵や映画製作じゃない。
毎日の暮らしの中で従うべき価値観のことだ。
よりよい社会をつくる土台だ。
未来を担う人々にそれを伝えるため、
私は駆け回っている」
と監督のエミール・クストリッツァに語ったのは
ホセ・ムヒカさんでした。
南米の小さな国ウルグアイの大統領、
収入の9割を貧しい人たちに寄付して、自らは職務の合間に農作業。
「大勢の国民に選ばれたなら、国民と同じ暮らしをするべきだ。
特権層ではなくてね。
政治の世界で探すべきは、大きな心と小さなポケットの人物だ」
まんまるな体に優しい瞳のムヒカさんが世界中で注目されたのは
2012年リオデジャネイロでの国連スピーチでした。
環境危機を引き起こしているのは現在まで発展に発展を重ねてきた消費至上主義なのだと
厳しく指摘、私たちが真にもとめる幸せとは何なのでしょうと問いかけました。
只今上映中の「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」では
70年代、軍事政権下にあったウルグアイで権力と戦い、大きな負傷を負い、
13年間の獄中生活を送った半生が浮かび上がってきます。
妻のルシアさんも同じように戦い、投獄されても、ふたりのその信念は揺るぎなかった。
その獄中生活で学んだことが、常に貧しい人々とともにある、
現在の功績へとつながる原動力になっていたのでしょう。
映画の最後では酒場で二人で寄り添いながら歌を口ずさむシーンがあります。
「タンゴは人生で喪失を知る者のための音楽で、
郷愁そのもの。
何を手に入れ、何を失ったのか、
いくつかの挫折を味わった後に、好きになる音楽だ。」
ふたりの言葉では埋められないほど深い、失われた時間に想いを馳せました。