徒然に 227
「ずっと平和が続くと思っていた。ここは雲のうえだから」
映画はこの言葉から始まる。
オーストリアの豊かな自然をたたえた山と谷に囲まれた
小さな村。...
夕暮れ前の太陽の日差しに守られて、種を蒔き育てた稲穂を刈ってゆく
美しい光景が映し出され、日が沈みかけたころ、
仕事を終え家路へと向かう。どの家族も幸せそうだ。
しかしそんな穏やかな日常に陰りがさしてくる・・
第2次世界大戦でオーストリアはナチス・ドイツに併合され、
村人たちは戦争へと駆り出されてゆく。
そんなとき一人の農夫が自らが信奉するキリスト教の教えに従い
「罪なき人を殺せない」と、
ヒトラーへの忠誠と兵役を拒絶した。
彼は囚えられ、村人たちは村に残された妻と子供たちをつめたく突き放す。
しかし離れ離れになりながらも夫フランツと妻のファニは
深い絆で結ばれ、支えあい手紙を交わしてゆく。
長い時間を経て、60年代にその手紙が見つかた。
そして本になり、テレンス・マリックのもとへ・・・
こうして一人の農夫の名もなき短い生涯が映画として私たちの元へ届けられた。
「最愛の妻へ
愛を込めてこの手紙を送る
命への執着を捨てると 新たな光が差し込む
忙しかった頃は 常に時間がなかった
今は何でもある
かつては誰も許せず 容赦なく非難した
自分の弱さを知った今 他人の弱さも理解できる
いとしい娘たち 聖体祭の日曜日はとくに君たちが恋しい
鐘の音が畑に響き渡る
花輪で飾った姿を見たかったよ
父から君たちへ送る 遠いところから 」
フランツは信じる教会からも扉を閉ざされ、それでもゆるがなかった。
愛する妻と家族と、日々、畑を耕してきた故郷、
そこには太陽の光が降り注ぎ
風がそよぎ、小川のせせらぎと鳥のさえずりが聞こえていた。
自然界を満たす、彼にとっての神を身近に感じながら生きてきたのだ。
印象深いシーンがある
これが遺作となったブルーノ・ガンツの裁判官との対話で
フランツは
「解釈ではなく 感覚なのだ 」と語った。
フランツが去ったあと、彼が座っていた椅子に裁判官は身を置き、深く目を閉じる・・
最後にイギリスの作家ジョージ・エリオットの小説
「ミドルマーチ」から引用された言葉が刻まれ、
映画は終わる。
「歴史に残らないような行為が世の中の善を作ってゆく
名もなき生涯を送り
今は訪れる人のない墓にて眠る人々のお陰で
物事が さほど悪くならないのだ 」
●テレンス・マリック監督渾身作「名もなき生涯」
始まりました。